Tsukasa Theater

脚本家/役者・近藤司のブログ

ミッドタウンの散歩狂

ミッドタウンと呼ばれる地域はブロードウェイの劇場が集まるタイムズスクエアなどがあり、週末でも週日でも観光客が立ち並ぶビルを見上げながら所狭しと歩き回っている。マンハッタンの中でも一番賑やかな場所である。もちろんそこを訪れる観光客たちは前もってタイムズスクエアのその目映いネオンをテレビや映画で散々見ているのだから、ミッキーマウスを見るのと同じ表情で鮮やかな看板やショーウィンドウを眺めるのである。そんなミッドタウンでも東にずっと歩いて10番街のあたりまで行くとすっかり人気もなくなってしまう。ニュージャージやブロンクスに帰る車が苛立ったように3車線の道路を走っていく。倉庫やアパートに並んでたまに小さなホテルや地下のバーがあったりする。一つ一つのビルもやたらにでかい。タイムズスクエアでは人は当たり前のように信号を無視するけれど、10番街の辺りの太い車道を信号無視するのは中々勇気がいる。

最近は日も少し長くなって18時でもまだぼんやりと明るい。1階部分の壁がほぼガラス張りになっているそのギャラリーは、殺伐としたコンクリートの荒野の中で少し浮いていた。中に入り、約束していた人がいるか尋ねるとビルの地下へと連れて行かれる。1階のフロアは25mプールが3つは入るんじゃないかというほど大きく、そこには6人ほどの男女が3つのグループに分かれて何か作業をしている。男二人は中型のリフト車に乗りコンクリートの台のようなものをフロアーの中心に設置していた。男1女2人のグループは壁に文字を書きながら何か談笑をしている。残りの男女2人はMacBookを覗き込んでいる。

"So you're having an installation show or something?(何か展示型アートのショーでもしてるの?)"僕を地下へと導く男に尋ねてみる。
"Yeah, they are parts of some bigger project. I think your work will be in the project.(そうだよ。あれは全部もっと大きなプロジェクトの一部なんだ。たぶん君の作品もプロジェクトの一部なんじゃないかな)"
男は痩せ型で背が高く頭の左型を刈上げたヒップな髪型をしていた。両肘を曲げてしなやかに歩くのがとても女性的でこの人はゲイなんだろうかと僕は思った。階段の踊り場にはなぜかDJブースのようなチケット売り場のような、それか宇宙船のコックピットのような部屋が一つあった。その中では太い黒ぶちの眼鏡をした体格の良い白人の男がパソコンを触っている。僕はこの痩せ形の男とそいつが挨拶もしないことに違和感を持った。どうもここで作業をしている人全員が知り合いというわけではないらしい。
階段を下ると、そこにはバーカウンターがあった。しかもバーカウンターとその中が全て真っ青に塗られている。痩せ形刈上げの男はバーカウンターと、それから部屋の反対側にあるソファを指差して
"You can sit at the counter or on the sofa. I'll be right back.(そのカウンターかソファで座ってて、すぐに戻るから)"
と言ってニッコリと笑うとまた1階へと戻っていった。僕は"Ok,"と答えて、まずカウンターの前に並んだスツールの一つに座ってみる。カウンターの縁から何か液体がしずくになって垂れていた。ニスか何か塗り立てなのだろうか、おそるおそる指先で触れてみるとそれは固い樹脂だった。よく見るとカウンターの全ての縁からまるで泣いているようにしずくが垂れている。なんだか気持ち悪くなってソファの方に移った。すると目の前を黄色と赤の鮮やかな服を着た男女が二人通り過ぎ、部屋の奥のカーテンの先へと消えた。

しばらくすると若い白人の男が降りてきた。そわそわしているので"You here for the audition?(オーディションに来たの?)"と聞くと"Yeah, you, too?"と言った。ずいぶん若い。たぶん22、3歳だろう。"It's cool down here(ここおもしろいね)"などと話していたらさっきの男が降りてきた、2枚の紙を渡される。2つとも、意味があるようなないような、漠然とした現代詩が並んでいる。私とかあなたとかって平凡な主語に、混沌とか混迷とかって難しい形容詞と名詞がくっついて文を作っている。そんな類いだ。若い男と顔を見合わせて苦笑いする。

"What we want to see is, is, like the power in your voice. So you can do this as you like. You can do it emotionally, or like singing, even do it in a foreign language is ok. Of course you can move around. That's actually what we wanna see here. Alright?"(僕らが見たいのは声の力みたいなものなんだ。だから好きなようにやってくれて構わないよ。感情を出してもいいし歌ってもいい、外国語にしてもらってもいい。もちろん動き回ってもいい。動きは僕らが知りたいことでもあるしね、いい?)

と痩せ形の男は質問を挟ませない勢いで言う。しばらく文を読む時間を与えられた後、僕がオーディションの一番手となった。部屋の奥のカーテンをくぐるとそこには舞台と、観客席があった。観客席の中央の大きなソファーにはさっき通り過ぎた二人の年老いた男女がやはり派手な色の服を着て座っていた。舞台は横に長細く、舞台というよりも水槽を横から見るようだ。奥の壁には何本も太い紐がぶらさがっていて、舞台上には机や椅子がランダムに並んでいる。そこの中央に立たされ、年老いた男がスペイン語訛りの英語でじゃあやってみて、と言った。痩せ形の男は壁にもたれてニコニコしている。僕は仕方なく1枚目を少し感情をこめて、抑揚をつけて読んでみる。アッと言う間に読み終えてしまう。2枚目は動きながら読んで、と言われて、僕は飛び回ったり転げ回ったり椅子にかじりついたりしながら読んだ。全く表情をかえない年老いた男に挑戦するような気持ちが出ていた。床に寝転んで首だけ持ち上げて老人を睨み付けながら文章を読んでいる時に、今の自分がとてもシュールなことをしていることに気づいた。神戸の両親が今の僕を見たら「わざわざNYに来て何をやっているんだろうこの子は。」と思うだろう。そう考えると今の状況が余りに可笑しくて吹き出してしまった。それでも、老人は一切表情を変えなかった。それが芸術家としての誇りのようですらあった。「ありがとう、良かったよ。」と痩せ形の男はニコニコしながら言って出て行った。僕は、もしかしてこの前に座っている二人の老人は精巧な人形で、本当の演出家はこの痩せ形の男かもしれない、などと考えながらカーテンをくぐり元のバーに戻る。若い男が不安げな顔でこっちを見ていた。


ふー。「村上春樹風に語るスレジェネレーター」に触発されて村上春樹風に日記を書いてみたけど、正直全然村上春樹風じゃないね。状況は多少村上春樹風かも。状況はノンフィクションです。やっぱり村上春樹風に書くには教養が足りないです。どーでもいいや。さ、今夕方4時だけど6時まで寝よう。起きたら追加で30分また寝よう。それから焦って出かけよう。