Tsukasa Theater

脚本家/役者・近藤司のブログ

変わりゆく街NY

インターネット上をサーフィンしていたら知り合いがインタビューで「この島(マンハッタン)だけ全く別の国みたいに思える。」と言っている動画を見つけた。確かにそうだ。マンハッタンは東京の丸ノ内線(あれ?山手線?)の中にすっぽり入ってしまうと聴いたことがある。それだけの大きさの中に1000万人を超える人、天文学的なお金、最先端の情報が世界中から集まっている。東京がそうであるように、NYCもまた世界で唯一の場所である。(垂水はどうだろう。自信なし)

地獄のように治安が悪かった(地獄は行ったことがないので治安が悪いかは知りませんが、実際マンハッタンには地獄の台所という地名もある)70年代に比べて今は信じられないほど治安も景観も良くなったそうだ。その一方でマンハッタンの地価は上がり、住宅地区は減りつつある。揉めに揉めたハーレムの再開発計画もついに議会を通ってしまった。これからマンハッタンの隅から隅まで”きれい”で”安全”になるのだろうか。

こっちに来てまだ半年もいない僕がNYについて語るのはおこがましいけれど、NYはこれまでそうだったように、刻一刻と変化している。半年も滞在していれば(しかもこの突然の恐慌を体験していればなおさら)、この街の変化に気付かないではいられない。最近まれに深夜の地下鉄に乗って目の覚めるような緊張感を覚えるのは僕が微妙な差を理解できるようになったからか、それとも不景気のせいか。

こっちに来て最初に参加した映画撮影のクルーの一人に"Are you working on your own project, too?(君も自分の作品を作ってるの?)"と聴いたらハーレムの美化政策についてのドキュメンタリーを撮っていると言っていた。日本語で美化と言われると有無を言わせないものがあるが、これは実は大きな問題を抱えた政治問題である。英語ではgentrificationという。

行政によって街をキレイにする、ということは行政が汚いと思うものを街から排除する、ということである。震災前、僕がまだティーンエイジャーにもなっていなかったころ、梅田や三宮の駅前にはたくさんのホームレス(路上生活者)がいた。震災復興、国際会議、世界陸上や万博など数々の”祝祭”を経て人目から彼らは消えてしまった。そして街は”きれい”になった。今、梅田や三宮が何か独特な魅力を生み出す街になっただろうか。横浜、広島、仙台、名古屋、日本のどの中核都市に行っても駅前がほとんど同じで、そこに住んでいる人の顔が見えないのは、都市というものの本質を見誤った結果に思えて仕方ない。日本の都道府県はだいたい回った(栃木と山口だけ行ったことなし)けれど、どこも街の中心部は同じだから面白くない。

ハーレムも再開発が進むと地価の上昇で家賃を払えなくなった古くからの住民はそこを出て行かざるを得ないと言われている。市としてはマンハッタンの狭い土地をもっと経済的に有効活用したいという考えがある。しかし、ハーレムがもしミッドタウンみたいな建物で埋め尽くされたとして、それって何が良いのだろうか。

割れ窓理論(ウィキペディア)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%B2%E3%82%8C%E7%AA%93%E7%90%86%E8%AB%96

この記事には余り言及がないけれど管理強化は一旦開始すると加速するので、気をつけたい。

It's a beautiful world we live in
A sweet romantic place
Beautiful people everywhere
The way they show they care makes me want to say
It's a beautiful world
Oh what a beautiful world
For you

Beautiful World / Rage Against the Machine