Tsukasa Theater

脚本家/役者・近藤司のブログ

良い役者はスネない

役者が舞台に上がる時に何を持っているかについて考えてみよう。

自分とそして他の役者だけである。

では何がリアルな演技を決めるかを考えてみよう。

その前に「ナチュラルは演技」と「リアルな演技」の違いを考えてみよう。

たとえばここに一つのセリフがあるとする。

「おかんに嘘なんてついたことないやろ。なんで俺が言ってることが信じられへんの。」

これを言うために、関西弁のトレーニングを何時間も受け、一つ一つの言葉の抑揚や言い方を完璧にし、かつストーリーに適した表情を無理なく再現できるようになり、セリフを抜群のタイミングで言えるようになったとする。これによって完成するのは「ナチュラル」な演技である。

しかしこれでは「リアル」にはならない。「リアル」になるためには上のどの一つも必要ではないし、どの一つも気にすべきではない。

役者に舞台に上がる時に持っているのは、自分と相手だけである。

ではここで観客の視点に立ってみよう。何が「リアル」を作るだろうか。

それは自分の内面を、すぐ目の前にいる相手に本当に伝えようとする行為である。

あるセリフを、他の誰でもない自分が、他の誰でもない目の前の相手に、ある芝居の舞台本番のあるワンシーンのその瞬間に言わないといけない、その時の声の大きさ、表情、ボディランゲージ、その役者がするあらゆることが、その瞬間にならないとわからない。

その役者が「してしまう」まで誰にもわからない。

事前に決めてしまってそれを再現するというのは「リアル」ではない。

「リアル」になるためには、その瞬間の自分の内面を使って、目の前の特定の相手に何かを「し」ないといけない。セリフを言うなり、肩をたたくなり、あるいは相手を無視するなり―

例えば上のセリフは色んな言い方が出来る。怒鳴ることもできるし、泣くこともできるし、爆笑しながら言うこともできる。

ではストーリーに合うように、例えば怒鳴って言うと決めたとする、「ナチュラル」に怒鳴る練習を何度もして、本番当日に上のセリフをいざ言うとなった時に、相手の役者(例えば母親役)が大声で泣き始めたとする、それに対して練習通りに怒鳴るのが観客の目に「リアル」に映るだろうか。

そうではないのは容易に想像できる。

そういう予想外の事態ではインプロ(即興)をするんだよ。

と言う人がいるかもしれない。これは半分あっていて、半分正解である。

一つ。基本的なルール。役者はセリフを作ってはいけない。

二つ。役者は常にインプロをしないといけない。予想外の事態だけではない。決められたセリフを使って、インプロしている。

では上のセリフに戻ってみよう。たとえば関西弁のほとんど話せない役者が、セリフだけ覚えたとする。セリフをどういう風に言うかは全く決めずに本番当日に臨んだとする。いざセリフを言うという時に、相手役の役者が静かに泣いていることに気付いたとする。

それに対して、自分が、キャラクターとしてではなく、人間として動揺する。

その涙の影響を受ける。

もしかしたら自分も涙を流すかもしれないし、ただ一瞬言葉に詰まるだけかもしれない。もしくはそんな光景を見たくなくて顔をそむけるかもしれない。

それが「リアル」である。

生身の人間が、生身の人間に影響を与える。その変化によってまた相手に影響を与える。その無限のループが観客の目には見える。「リアル」な演技は誰にだって分かる。

「リアル」と「ナチュラル」の差は決定的である。

「リアル」においては、全ての役者が交換不可である。ある人が泣いている、それに対する私の反応と全く同じ反応を、あなたがすることはできない。なぜか。

それは私とあなたは違う人間だからである。

その反応の差に良いも悪いも、正しいも間違いもない。

「演技」とは果たして「芸術」なのだろうか。

「演技」の正しい定義は「人間」だと思う。素晴らしい演技の中に私たちは「人間」を見る。

上の説明を聴いて、こう言う人がいるかもしれない。

「リアル」ってのは感情的だってこと?じゃあ本番前に死んだ犬のこと思い出して泣きながらセリフを言えばリアルになるってこと?

ここには一つの誤解がある。感情は泣く、怒るなどの大きな物だけでなく、生身の人間を前にしたら常にそこに生じるものである。感情は作るものではなく、そこにあるものであり、生身の人間とのやり取りで生まれる副産物である。

想像してみて欲しい。あなたの目の前にあなたと同じ年齢の人間(例えば親友)が立っているとする。その人の目をじっと見る。それだけであなたの気持ちには、身体には、何らかの波が生まれるはずだ。少しの緊張かもしれないし、安心感かもしれない。それを感情と呼ぶのだろうか?日本語と英語にはこの心身のうごめきに対する言葉がないような気がする。

「リアル」とは、その瞬間のその心身の相手に対する反応を、そのまま出すことである。

映画や舞台の仕事で、下手な監督は「もっと怒って」という指示を出すかもしれない。

役者はその時、いきなり「怒る」という行為に飛びついてはいけない。演技をする時の自分の内面と相手に敏感でなければいけない。その瞬間の自分の「リアル」と対応した「怒る」をしないと、それはただの下手な演技になってしまう。


ずいぶんと話が込み合ってきた。こういう言い方をすると役者というのはとてつもなく複雑なことをしないといけないように聞こえる。そんなことはない。これら全てが、一度「して」しまうと、恐ろしく自由で、楽なことだと分かる。

じゃあ「リアル」な演技をするためには何をすればいいのか。

相手を真剣に「聴く」こと。

その瞬間だけを生きること。